技能伝承の現状とこれから


第26回日本人間工学会関東支部大会シンポジウム『再評価される熟練技能−高度技術社会における技能の意味』で、中村が発表したものの概要です。

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1.高度技術社会における技能
 いま、「モノづくりにおける人間の役割」すなわち人間の「技能」の再評価が始まっている。
 例えば、いくつかの先進的な工場では、複数の作業者が細分化された工程を受け持つ従来の流れ作業に代えて、一人の作業者が最初から最後まで全ての工程をこなし1つの製品を作り上げる「一人生産方式」が導入されている。これには、顧客ニーズの多様化に対応して、少品種大量生産から多品種少量生産に移行するのに伴い、人間の能力を最大限に活用することにより、機械だけに頼るよりも生産性を更に向上させようという狙いがある。
 あるいは、高度技術システムの代表的な存在である原子力発電所を見てみよう。確かに通常の運転に際しては高度に自動化・省人化されており、人間は主に意思決定や監視業務を担っている。しかしその一方で、発電所の安全・安定運転を維持するために毎年行われる定期検査では、述べ2,000人を超える技能者が、汗と油にまみれて働いている。
 その他、コンピュータの心臓部である半導体を製造するステッパーのレンズの研磨も、機械では十分な精度が確保できず人間の熟練技能に頼らざるを得ない工程であるし、人工衛星の噴射ポンプ部品の金型を製作するのも、また人間の熟練技能である。
 21世紀は、間違いなく高度技術の時代である。しかし高度技術の現場は、決して人間の技能を必要としないのではなく、人間の技能があるからこそ機能する場所である。

2.高度熟練技能の伝承
 来たるべき高度技術社会でも、技能者は必要とされる。しかしその姿は、これまでとは違ったものになると考えられる。
 中村(1994)は、今後の技能者の類型として、一般技能工である「ノーマル技能者」、多能工である「マルチ技能者」、高度の技術的知識を持つ「ハイテク技能者」、及び高度に熟練した技能を持つ 「スーパー技能者」の4種類を提示した。この中で、高度技術社会でより一層重要な役割を担うと考えられるのは「ハイテク技能者」と「スーパー技能者」であろう。このうち前者については、専門教育機関の設置など様々な技能者育成方策が取られてきている。しかし後者はいわゆる「名人」「神様」と呼ばれる領域であり、その技能の本質は明らかにされていない。この技能の伝承は旧来の徒弟制度で行われており、今後の労働価値観の変化を考慮すると、きちんと伝承されていくか危惧される。そこで以下では、この「スーパー技能者」が持つ「高度熟練技能」の伝承方策について、考えてみたい。
 レイヴら(1993)によれば、技能の習得・伝承では、Off-JTのように現場から切り離された形で受動的に技能を「体験する」よりも、その技能が使われてる現場世界(実践共同体)に積極的に参加し、技能を「生きた形」で習得することが重要である。また「新参者→中堅→古参者→親方」という階層の中で、親方などから明示的に教えられることに加えて、他の徒弟の様子を見て感じられることや仕事中の雑談、さらには仕事以外の生活の場面場面で出会う周辺的なできごとが、技能の自然な習得に大きな役割を果たしているとも指摘している。以下では、この「正統的周辺参加」論を手がかりに、今後、高度熟練技能の伝承モデルを構築していくためのポイント(仮説)を示す。

【参考文献】

  1. 中村肇:製造業における技能伝承に関する研究、三菱総合研究所所報No.25、1994
  2. レイヴ他:状況に埋め込まれた学習、産業図書、1993

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中村肇へメールを送る: nhajime@a2.mbn.or.jp